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永遠の紅蓮

 

第4話 あなたに会いたかった


 ファミレスに入るなり陸は、「おごりだからなんでも食べていいよ」とメニューを千影によこした。
 訓練後で、ふらふらだった千影は一瞬遠慮しようとするが、上回る空腹に負けて恐る恐るメニューを開く。
「……千影ちゃん、オレのこと信じてないでしょ」
 言われてギクッとする。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 答えようとしたところでウェイトレスが来て、陸はステーキ定食の大盛りを頼んだ。
 視線で促され、千影はためらいながらもミートソースのパスタを注文する。
 ドリンクバーを更に二つ付けて、陸は千影に烏龍茶を持ってきた。
「大体千影ちゃんって、割と隙だらけだから、殺すつもりだったらオレ、とっくに殺してるんだけど」
 穏やかそうな雰囲気なのに、ずいぶんと物騒なことを口にする人だ。
 ふう、と溜息をついて、陸はストローでアイスコーヒーを吸う。満タンに入っていた飲み物は、彼の一吸いで半分ほどに減った。
 そのまま陸はテーブルに突っ伏す。
「あーあーあー、なんで千影ちゃん紅蓮の方に入っちゃったんだろ。氷蒼だったらオレが二十四時間体制で守れたのに〜」
 前世の記憶はまだ断片的ではあるが、陸が本能で大切な存在であるとは理解している。だが、表面上は敵だ。
「そ、その氷蒼って」
「千影ちゃんが紅蓮の方で聞いてる、そのまんまの組織だよ。氷蒼だったら会える確率増えるかなって思ってたんだけど逆とか……ねえ千影ちゃん、今からでも乗り換えない?」
 頭を少し上げ、陸は目の前のコップを人差し指でつついた。
 店内は土曜日であるためか、とにかく人が多かった。特に家族連れだ。
 その仲の良さそうな家族を見て少しだけ千影は目を伏せ、そして陸を真っ直ぐに見る。
「しない。私、氷蒼を許したくないから」
「そうだよねー紅蓮は兄貴いるからって入らなかったんだけどなー」
 随分と性格の違う兄弟なんだな、というのが千影の今までに抱いた印象だった。
 陸はじっと千影の目を見つめる。
「……ずっと会いたかった」
 聞こえようによっては、告白だ。千影はその言葉に込められた一直線の想いを受けて、思い切り頬を染める。
 こんなに恥ずかしいことを口に出せるだなんて、信じられなかった。
「なっ、なに、いきなり」
「付け込むこと前提で言わせてもらうよ。オレ、前世のあなたとは恋人だった」
 恋人。その言葉を聞いて、千影は言葉を失った。主と従者が恋人関係だとは、よく少女漫画で見かける関係性であったが、まさか自分と陸がそうだったとは。
 人懐っこい犬を思わせる笑みとは打って変わって、彼は真剣な表情になる。
 だからといってほだされるわけがない。
 前世でそうだからと言って今世もそうである必要はない。
「だから先に言うよ。オレは前世のアリシア様の魂を引き継いでるあなたが好きだ。だけどそれは、千影ちゃんの中にアリシア様を見ているわけじゃない。千影ちゃんだから大事にしたい。その権利を、オレは欲しい」
「……陸くん」
 言葉を、失う。
 考えていることはたくさんあった。告げなければいけないことも、勿論山のようにある。
 だが、それはできなかった。
「怒るだろうけど言わせて」
「うん?」
「お腹が減ってなにも考えられない。食事のあとでもいいかな」
 陸が吹き出した。そのまま、またテーブルに突っ伏して忍び笑いをする。
「そっか、そうだよね。それはオレが悪い。うん、食べた後にもう一回言うよ」
 とはいえ、千影と陸の間に共通する話題といえば二つしかない。
 悠の話題と、紅蓮・氷蒼に関してである。
前世の話は思い出せていないために共有できることがない。
 千影が氷蒼のことを聞こうものなら、後々に陸だって大変な目にあうことはわかっていた。
「えーっと、私、あんまりそのアリシアだったころの記憶ってなくて。陸くんが大事な人だってのはわかるんだけど」
 敢えて彼女は、自分が覚えていない前世の話題を選んだ。過去の自分が何者だったか知ることができれば、きっとこれからの戦闘にも役立てるかもしれない。
「お待たせいたしました、ミートソーススパゲティのお客様」
「あ、はい」
 軽く千影が手を上げると、出来立てのミートソースが目の前に置かれた。続いて、陸が頼んだステーキ定食だ。アイスコーヒーは既になくなっている。
「ちょっと持ってくるね」と言ってから、陸はコーラを持ってきた。
「オレ結構子供舌なんだよねー。肉にコーラとか好きで」
 へへへ、と笑いながら陸は箸を手にとってから、千影にフォークとスプーンを渡す。
「じゃ、ひとまず食べよっか。いただきます」
 食事中は気を遣われていたように思った。それとなく千影が喋らなくてもいいように話題を調整しながら、二人の食事が半分くらいまで進んだときだ。
「……千影ちゃん」
 前世の話をするときの目付きになった。
 千影が一瞬で、居住まいを正してしまうほどの真剣さだ。
「関係ない、って言いたいかもしれないけど、オレは少しでも千影ちゃんにアリシア様を思い出してほしい。矛盾してるけど、話してもいいかな」
 断る理由は、元よりなかった。
 頷くと、ほっとしたように陸は話し始める。
 アリシアは宝石の力を操り、元は戦巫女ではなく神の力を借り、人々の不調を治す崇め奉られるべき巫女であったこと。
 最後に陸はアリシアを助けることができず、共に槍や矢、剣に一斉に貫かれて死んだこと。
 死因は様々な武器であったこと。
 それが陸の覚えている、最期の記憶であったこと。
 彼の瞳は悲しそうに伏せられていた。最期、誰かが自分に手を差し出すところまでは思い出せた。
「あなたのことで頭がいっぱいだったよ」
 さっきまで少年の笑みかと思えば、今度は歳相応の二十歳の大人っぽい笑みだ。かあっと頬が熱くなって、千影は急いで頬を隠す。
「で、でも、私……」
「千影ちゃん、オレのこと大事な存在って言ってくれたから、それだけでオレ大満足。あとは千影ちゃんがオレの恋人になってくれればね」
 決して脅すようではなく、軽く匂わせるくらいのニュアンスで陸はそう言った。
 男性と付き合うだなんて、考えたこともない千影はうっと喉を詰まらせる。
「わ、私は陸くんのことあまり知らないんだよ、それでも……」
「そっか……千影ちゃんにとっては、そこが大問題なんだね」
 顔を上げると、陸の表情はこれでもかというくらいにニヤニヤしていた。
そういう意味ではないのに、別の解釈をされている。
 慌てて説明をしようするが、あまりに嬉しそうな顔をするので、千影は何も言えなくなる。
「それなら話は早いよね。オレは千影ちゃんを殺すと見せかけて会いに行けばいい」
 手のひら返しにも程がないか、と彼女が問うと陸はステーキを頬張りながらコーラを思い切り流し込み、「ボスも遊びのようなところはあるから大丈夫だ」と返した。
 遊びで紅蓮や他の人達を殺すことができる人なんだ、というイメージしかない。
 氷蒼のトップに対しては、非情でいよう。
 それだけは心に誓わなければならない。

「ここでいいのかな」
 食事を終えたあとも、あれよあれよという間に駅についてきて、家に送られる。
 見慣れたマンションの前で、見慣れない陸が微笑んでいる。
「あ、うん。ありがとう」
「ん」
 ニコッと陸が笑って、そして不意に千影の左腕を引っ張った。
 なにかされるのではないかと千影が身構えた瞬間、キスができるほど唇が近い位置にあった。目を覗きこまれているような、心を覗きこまれているような。
 暖かい陸の親指が、千影の唇に優しく触れる。
 しかし陸はそのまま口付けをすることはなく、千影の頭を優しく撫でる。
 一瞬の出来事だったが、心臓が早鐘を打っていた。
 陸の真剣な表情に見つめられたら、あのまま目を閉じてしまいそうで、千影は厳しく自分を律する。
「じゃあ、おやすみ」
 言いたいことでもあるのだろうか。
 そう思ったが、彼が言わないのであれば無理やりそれを聞き出すこともない。
 そう思って千影は、マンションの自動ドアをくぐり抜ける。

 シャワーを終え程なくして、波原から連絡が入った。
 時刻は既に午後九時だ。急な用件であることを想定して出てみると、それは予想通りだった。
『千影、市内で能力者の動きが多くある。悠から返事はない。出てくれるか』
「行きます」
 一瞬、ほんの一瞬だけ、自分が同じ能力者とやらを殺せるのか、千影は思い悩んだ。しかしそんなことを悩んでいる暇はない。
『助かる。悠は連絡がつき次第向かわせる。時間稼ぎをしてくれ。メールでデータを送る』
 波原も急いでいるのだろう。プツリと通話が終了され、数十秒も経たない内にメールが送られてきた。
 細かい場所が書かれている。
 千影の家からは、電車で十分くらいの所だ。
 脱ぎかけていた上のパジャマを投げ出して、千影は外出用の服を着る。悠はどうせデートだ。
 女にうつつを抜かしているような奴なんて、簡単に追い越してやる。
 そう思ったのは、蓮見悠という人間を快く感じていないからだ。
 あんなのに頼らなくても、私は勝てる。
 アイツが行かないなら、私が行く。
 千影は走って外に出た。
 駅につくと、彼女を待ち構えていたかのように電車が滑りこんでくる。
 乗って十分、その時間は果てしなく長く感じられた。
 駅についてからも、一切千影は速度を緩めることなく走り続けた。この間にも勿論敵は移動していて、淡々と彼女の携帯電話には位置情報が送られてくる。
 今はあらゆる路地裏を移動しているらしい。
 鉢合わせすると思われる路地に滑りこんで千影は、汗をぐっと拭った。
 確かに赤い異空間が見える。
 精神を集中する。刃物のように研ぎ澄ます。目を閉じる。
 覚悟さえ決めてしまえば、自分だって人を殺せるはずだ。
 目を開けたとき、高里千影は戦巫女だ。

 氷蒼で無理やり前世の姿を目覚めさせることは「覚醒作業」というらしいことは、波原から教わった。
 まさにその作業の最中のようだ。
 スーツ姿の男は涙目になって、彼女をヒーローのように見上げた。
 二十代前半を思わせる男二人が、千影をギロリと睨む。
 圧倒的な迫力と殺気の前に、千影はぐ、と唇を噛む。
 その男たちが持っている武器はトゲのついた鉄球、モーニングスターと、大きなアクス。
 叩き斬られれば、実に痛そうだ。
 肉はえぐられ、間違いなく骨も砕けるだろう。
「てめえ、紅蓮か」
 そう言われるということは、常に氷蒼を見付けた紅蓮が先に入っていくパターンらしい。
 こんな小娘一人、という見下された表情を浮かべられて、千影は聞こえよがしに舌打ちをした。男二人の顔が歪む。
 スーツ姿の男性は、慌てて千影の横にもんどり打ちながら走ってくる。
「いま見ていることは全て忘れることをおすすめします。逃げてください」
 ルビーの宝石から出されたフェニックスが赤い異空間を切り裂き、空間に穴が開く。
 スーツの男は大袈裟に何度も頷いてから、また頼りない足取りでこの空間から消えていく。
 残るは二人の敵だけだ。
「あーあーあー、怒られるの俺たちなんだぞ。なにしてくれてるんだ」
「黙れ下衆。消えろ」
 無理やり目覚めさせた人間に適性がなければ、そのまま死。どれだけの恐怖に晒されるのか、この男たちは考えもしないのだろう。
 言ってすぐ、千影は駆け出した。
 剣をなぎ払うが、その初撃はかわされる。
反撃としてフェニックスにモーニングスターが絡みつき、思うように動きが取れなくなった。
 地面と靴の裏が擦れる音が響いて、モーニングスターの男を越えてアクスの男が降り掛かってきた。
 咄嗟の判断でフェニックスを捨てて後退する。
 剣は発火を伴って消え、その目眩ましがきいている最中に彼女はシトリンの短剣を取り出した。
 中腰に構え、目を覆っているアクスの男に斬りこんでいく。
 目が合うはずないのに、合ったアクスの男がニヤリと笑んだ。
 まずい。そう思ったが、今更止まれない。
 アクスの男の頭上に、モーニングスターが見える。
 千影は歯噛みした。このままだと、なにもできない内に殺される。
「脳みそぶちまけて死んじまいなっ!」
 エメラルドの宝石が緑色の光を放った。思わず彼女が目をつむった瞬間、ガキィンという重い金属を受け止める音と、自分が後ろに下がっていく勢いのある感触だけを知る。
 千影の足が止まったとき、右手にあったのは大きな盾だった。
 エメラルドの、透き通った盾だ。横に大きく広がり、壁のように己を守るそれは、向こう側に驚くほどはっきりと男たちを写して鎮座していた。
「ちっ、厄介なもん出しやがって! オイ、ぶっ壊すぞ! 何処にいるかわからん!」
 何処にいるかわからん。千影は二秒考えて、一つの結論に至った。
 自分の方向からは見えるが、相手の方向からは見えない。マジックミラーの仕様だ。
 そして今ここで戦っていて、新たに気付いたことがある。
 フェニックスを手放したときに、炎を伴って消えた。
 ならばこのエメラルドの盾は?
 どうして最初の発動ができなかったのかは、あとだ。
 千影はその盾から手を離した。一陣の風が湧き起こり、砂を舞い上がらせる。
「くそっ!」
 忌々しげな男の声が聞こえた。
 千影はその砂嵐の中に、サファイアの弓で狙いをつけた。それぞれの武器には付加価値がある。サファイアのそれは、透視、そして視力がよくなることだ。
 はっきりとした男の姿が見える。
 モーニングスターの男の、武器を持っている手を狙う。
 千影は躊躇なく矢を放った。
「げ」
 が、外れた。
 それと同時に、猶予時間も終了する。
 外れたとはいえ、攻撃をことごとく防がれたことに苛立ちを感じていたのだろう、男たちは目を血走らせて、駆けてきた。
 その気迫に千影はおされた。
 それが一瞬の隙だった。
 避けようにも、体がすくんで動けない。情けない。
 その瞬間だった。
 千影を守るように、炎の膜ができあがる。モーニングスターの男の方が、止まることができずに炎の中に飛び込んでいった。
 怨嗟を含む咆哮が、異空間に響く。人の肉と髪が焼ける音と臭いが、千影の鼻孔を刺激した。
 誰だ。後ろを振り向くと、そこには黒いローブを着た、セミロングヘアの女性が腰に手を当てて立っていた。麗奈だ。ここまで及んで、間違えるわけがない。
 その圧倒的な炎の量に、跡形もなく男は消えていった。
「努力だけは褒めてあげるわ」
 ツンとそう言い放ったあと、麗奈はアクスの男に視線を写した。
「ひっ……」
 目に見えない力を放たれるということは、それだけで脅威になるのだろう。
 既に及び腰になっている。
 ポカンとしていると、アクスの男の後ろに長剣があった。それは男の脳天から股下までを一直線に斬り払い、男は真っ二つに分かれる。
 男の後ろには、剣をおろした姿勢のままの悠が立っていた。
 顔を上げた悠は、血振りをしたあと剣をさやに収める。ムダも隙もなくて、圧倒的に速く重い剣――それを使うのが、蓮見悠という人物だ。
 悠は千影の前に歩いてきて――思い切り千影に平手打ちをした。
 これが男ならグーで殴っている、と悠は眉を釣り上げていた。彼の一撃に、遠慮はない。
 千影はあまりの衝撃に一歩後ずさり、路地裏の壁に背を預ける。だがそのまま顔を上げて、大きく怒鳴りつけるようにした。
「な……んでだっ!」
 鬼のような、というのは彼の表情を言うのだろう。そのくらい険しい顔を、悠はしていた。
「お前みたいな半人前が、アイツら相手に殺そうなんて意気込んで周りを見ずに突っ込んでいくからだ。時間稼ぎしろと波原は言ったはずだ。お前の目はなにを読んだんだ?」
「だ、って、お前は来ないと思ったから」
「どうしてそう思った? 俺は波原に雇われている。何を置いても駆けつけるし、ましてやサボるなんて有り得ない。それはお前の勝手な想像だ、お前に見くびられる筋合いはない」
 正論だと、千影はそう思った。
 自らの浅はかな考えが、自分を死に誘い、悠や麗奈に救われた。その事実だけは、変わることがない。
 殴られた頬が痛い。でも、悠の前では泣きたくなかった。唇をぎゅっと噛んで、嗚咽を漏らしたいのをこらえた。
 時間を稼げと言われていたのを、頭に血が上って千影は忘れていた。
 氷蒼を殺せない自分、それが嫌だった。
 それが理由で、周りが見えなくなったのも確かだ。
 酷く反省していた。後悔と、羞恥。二つの感情が千影の中を取り巻いて、絞り出すように、千影は声を出した。
「……ごめんなさい」
 ひねくれた返事が返ってくると思っていた悠は、そのしょげた言葉
にどう返していいのかがわからなくなる。
「……ご苦労だった。波原が路地から出たところに車とめてるから、送ってもらえ。じゃあな」
「悠、行こう」
 その腕に自然と麗奈は腕を絡ませ、路地から出ていった。
 こらえ切れない涙が、一粒アスファルトに吸い込まれていく。
 あんな男に自分の尻を拭われるのが、とてつもなく悔しかった。それだけ能力が高いということだ。
 いつか追い越して、自分があの男を護ってやるくらいの意気込みで訓練をしなければならない。
 ここで立ち止まってなんていられない。
 手の甲で涙を拭って、千影は立ち上がり歩き出した。


第5話へ続く


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