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聖騎士の忠誠

第2話 筆記試験、一悶着。


 前王エイデンの統治は強欲で、愚かであったと民は皆、口にする。
 財産や権威を象徴したいがために多くの宝石を誂えた棚を作り、城中の部屋という部屋に設置したそうだ。最もそんなことは真実と言い切れない。城から逃亡してきた人たちが口にするならともかく、フレイヤが聞いたのは、王都から来たという旅人からだ。
 真実は往々にして扉の奥深くに隠されていく。
 だがそんな噂も真実であったと目にするそのときが来た。
 フレイヤとベアトリスの視界には、金箔や宝石、或いは魔法で散りばめられた目も眩むほどの装飾が広がっていた。ここがまだエントランスホールだということが信じられない。
 シャンデリアには恐らくダイヤが施され、光や人の動きに反応して輝きや色を増す。
 それでもところどころ宝石が無理やり剥がされているところを見ると、ダークがてこ入れをしているらしい。彼が国王に即位してまず実行したことは、城の過剰な装飾を民のために金へと替えることだった。
「これは……思った以上ですわ」
 隣で呟くベアトリスの声が、高すぎる天井に吸い込まれて消え入った。
 受験者たちはぞろぞろと連なり、次の筆記試験が行われる部屋へと向かう。
 ならうようにして列の後半に紛れ込み、二人して至るところに金のかかった城内を見回しているのである。
 鏡は一筋の曇りもなく磨かれ、兵士の鎧に傷はあれどほこりや汚れは綺麗に拭き落とされているとうかがい知れた。忙しなく城内を行き交う人々の表情は皆一様に活気づいている。
「ええ……確かに」
 血の色をした絨毯には複雑な紋様が描かれ、それもまた莫大な予算と年数をかけて作られたものだとは素人でも理解できた。
 エイデンに何らかの目的があったにせよ、民の血税を贅沢に使用し飢えを生み出した罪は重い。例えそれが自分たちに知られてはならない、裏に関することだったとしても。
 エントランスホールからわかるのは、四方八方ありとあらゆる方向に扉が存在することだ。筆記試験が行われる会場は北東にあるらしく、兵士の誘導に従って一面エメラルドで作られた扉を通り、今度は翡翠色の絨毯の上を歩く。やはりその道中でも数え切れないほどのドアがあり、そこで誰が何をしているかは不明だった。
 側室のための階が用意されていたとも、あるいは城に住む女性の全てがエイデンの側室だったとも言われている。
 さすがに第一の試験を乗り越えてきた受験者たちに疲労は色濃く残っている。全員が全員ぼんやりとした表情で歩みを進め、早く座りたいとでも言いたげなため息も聞こえていた。
「マリアムさん、筆記試験の自信はありますの?」
 隣を歩くベアトリスの顔は涼しげだ。そういうからにはきっと自信があるのだろう。別の人間から言われたとしたら挑発的に受け取れるのかもしれないが、少なくとも朝から共に行動してきた今、そのように感じることはない。
「自信ですか……人並みに、ですかね」
「あら、お勉強は苦手?」
「まあ……人並みに」
 ダークもバルドも、自分の知らない内に勉強を始め、自分の知らない内に村を離れていた。
 故に比較対象はなく、自らの努力がどの程度、どこまで通じるのかというのは完全に神父やシスターによる受験許可でしか判断できない。
「聡明そうに見えますけれどねえ」
「私はあなたの方が賢いと思いますよ」
 兵士が扉の両脇に立ち、槍を持っている。今度はオパールのドアだった。
 金具をつける、宝石を調達する、削る――全ての工程とそれを成り立たせる金額を想像して、身震いした。
「ふふ、ありがとうございま……まあ、なんて広いお部屋」
 広すぎる。第一の試験でどれだけ絞られるかはわからないため、とりあえず大人数が入れるようにこの部屋を割り当てたのだろうが、長机がざっと見て五百本はある。足を踏み入れた人のほとんどが驚きに顔を上げ進路もあやふやになるため、出入り口近くに人がたまっていた。
「はい、立ち止まらないでー! 筆記試験を受ける人は自由席だよ! おすすめは風が涼しい窓際だよ!」
 きびきびと試験会場にいる兵士たちが志願者を引きずるようにしてそこら中の机に促していく。
 あまりここで立ち止まっているのも邪魔になるだろう。現に、後ろに並ぶ人たちが困惑した表情を浮かべている。
「それではわたくし、後ろの窓際にしますわ。マリアムさん、またあとで」
「ええ。昼食のときにでも」
 お互いに並んで座れば、あらぬ疑いをかけられかねない。筆記試験という性質上、みんなが見ているのは回答用紙だけだ。誰も見てない中、どこで誰が足を引っ張ってくるかわからない。
 さっさと分かれて、出入り口に一番近い最前列の席へと腰を落ち着ける。
 ここまで来たら足掻くことすら自分のペースを乱すことになるため、雑念を振り払った。第一の試験で消耗した体力が回復と共にいささかの眠気を運んでくる。
 きっと緊張していたらこんなにまぶたが閉じそうになることはないのだろう。身体が震え、合格できるかの不安に押しつぶされ、吐くのかもしれない。
 ひたすらに今後のことを考える。
 昼食と三時間ばかりの休憩後は第三の試験――実技。
 何者にも屈しない体力、その場で臨機応変に対応できる知力、そして守りたいものを守れるだけの武力――それらを兼ね備える『卵』のみが、城で温めて孵してもらえるのだ。
「それじゃあ全員席についたようなので、今から問題用紙と解答用紙を配ります! もちろん他人の答案を盗み見ることは禁止! 発見した場合は二度と受験できなくなるので、ご了承ください!」
 やや若い兵士の声が聞こえて、フレイヤはハッと顔を上げた。今はとにかく目の前のことに集中しなければ、思い描いた夢も潰える。せっかく手に入れた機会を逃してなるものか。なるものだと信じている自分の目標に手が届かないのも、ここであっさりと落第し、村に帰り、神父に鬼のように働かせられるのも辛い。
 女性らしさなど捨ててきた。服も、化粧も、焚きしめると男性に効果のあるという香すらも知らない。
 誇れるものは剣を握り、ごつごつとした手だけだった。
 試験用紙が最後列まで行き渡ったようで、兵士が手を上げる。
 さあ、ここからは頭を絞るしかない。
「では、筆記試験を開始します!」

 問題用紙、解答用紙、脳内の記憶。神父からそれを教わったときの天気、手触り、風の匂い、空気の流れ――思い出しながら、ペンを走らせる。
 神父が教えてくれた。
 ダークもバルドも、試験が終わったあとに覚えている限りの問題を紙にまとめて送ってきてくれたのだと。
 最初は書き写した。次は声に出して暗唱できるまで読み込み、覚えるまで頭に知識を詰め入れる。
 二人のおかげで、大体出される問題の傾向はフレイヤでもつかむことができた。神父はわかりやすく教えてくれ、間違うと鍛錬の数が増える。正解でも不正解でも自分の実力は上がるので、どちらも特に嫌悪感を覚えることなく淡々とこなしていた。
 一問ずつ、全てを思い返していく。付け焼き刃ではその実力はたかが知れたものだが、自分の場合は違う。数年かけて、それでも諦めたくないとしがみついたものだった。
 時間の経過は思っていたよりも早い。ようやく試験問題も終盤に差し掛かっていた。
 周囲ではペンを走らせる音が少しずつ減り、あと十五分ほどを回答の確認に費やしているようだ。
「コイツがオレの答案を盗み見しやがった!!」
 ペンの音が止まり、空気が凍りつく。何事なのか。誰ひとりとして言葉を発することなく、誰かの声を待っていた。
「全員十秒以内に回答用紙を裏返してください!」
 そこかしこで舌打ちが聞こえた。当たり前だ、本来の試験時間は二時間あり、今は残すところ十五分。集中を切らさずにいたのならばそれは中断され、追い込みをかけていても中断される。自分の人生の一路を決める試験だ、不快だろう。
 恐らく十秒経ったそのあと、志願者が声の方向へ視線を写す。
 フレイヤも振り返り――そして、目を剥いた。

 見るからに凡庸な男だ、という印象を受ける。しかしその表情には必死さと焦りが見え、息も荒い。
 問題はその隣にいる人物だった。
 明るい水色の髪を持つその少年は真一文字に唇を結び、腕を組んで、目を閉じている。
 おいおい落ち着いてる場合じゃないでしょと声を上げたいが、驚くほどの肝の座り方にこちらが逆に落ち着くくらいだ。
「君、名前は?」
「……レーン。レーン・マクスウェルです」
 答える声にはかろうじて敬語が混ざっているが、不機嫌さはまるで隠されていない。
「……おい、あのマクスウェル家の……」
「名門なんだろ? まさか盗み見なんて……」
 名門のマクスウェル家。そう理解することはできるが、フレイヤが今朝見た彼は、自分に不利なことをするようには思えなかった。
「コイツ、オレの答案を見て、そんで……!」
「はぁ?」
 底冷えのするような冷たい声が地面を這い、志願者たちの背筋を伝う。それはフレイヤも例外ではない。
「はぁ? って……お前、とぼけるな!」
「じゃあ聞くけど」
 立ち上がった男に合わせて、レーンも椅子から腰を上げる。
「アンタ、どこまで回答してんの」
「はっ……」
 机の上にある回答用紙の束を手に取って、見張り役の兵士に押し付ける。
「……お手をわずらわせて申し訳ありませんが、回答用紙を確認してください。最後まで」
 怒りの感情は見えるが、それで乱されているわけでもない。普通の人間なら血管が切れてもおかしくないほどの屈辱であろうに、その冷静さは感心するほどだ。
 兵士は自らが口を出す前に状況が進んでいくので、若干困惑しながらも束に目を通し始めた。
 異様な沈黙が場を支配していた。
「おまっ……お前、自分の証拠をわざわざ見せて、何を考えっ……」
「……なるほど、全部回答が済んでいますね。余すところなく」
「っ……!?」
 男の顔が明らかに青ざめた。しかしレーンの表情は変わることなく、平坦な口調が逆に恐ろしさを際立たせている。
「……ではそのまま、彼の答案を確認してください」
「ひっ……!」
 レーンのやろうとしていることは一目瞭然だった。そしてそんなことをする前に、男のもはや新雪の色に近い顔で結果も見えている。
「君、答案用紙を」
 一瞬、男が怯んで後ずさった。しかし、その場の雰囲気と、自らが言い出した騒動であるために、実に緩慢な動作でそれを手渡す。
 彼は顔色一つ変えず、再度椅子に座り直して息をつく余裕を見せていた。見るまでもない、とわかっていたのだろう。

 自分が回答を全て終えているのに、他人の答案を盗み見ることは不可能だ。

 用紙をぱらぱらとめくる兵士の手が――束のやや前半で停止した。
 落胆、嘆き、情けなさ、全てないまぜになったかのような表情を浮かべてため息をつき、兵士は答案用紙を机に戻す。
「衛兵! この男を連れて行け!」
 無表情でことの成り行きを見守っていた別の兵士たちが三人ほど駆け寄り、男を拘束する。
「正誤はともかく、マクスウェルは全て答えている! 彼の方の答案を確認したが、前半以降は記入がされていない! よってマクスウェルに罪はなし、十五分の試験延長を申し上げる! 試験、再開!」
「待ってくれ……くそっ、マクスウェルの面汚しめ! 卑怯者!」
 連れて行かれる男を、レーンは冷ややかな瞳で見つめていた。しかし数秒もしない内に、興味なさげに窓の外へと視線をずらす。
 他人の疑惑より、自身の試験が優先なのは当たり前のことだ。全員、慌てたように机に向き直りペンを走らせる。といっても、あの男がもたらした動揺はあまりにも広範囲だった。紙の上を走る筆記具の音は少なく、なし崩しに筆記試験は終了する。
 回答用紙が兵士の手によって全て集められ、ようやくそこかしこで安堵のため息が聞こえてきた。
「これにて第二の試験は終了です! 以降、食堂へ向かい昼食ののち、三時間の休憩です! その後、第三の試験、実技を開始します! 廊下にいる兵士の指示に従って、食堂へ向かってください!」
 最後まで振り絞った知識が今は遠い。いきなり問題を出されても答えを引き出すのに三秒はかかるだろう。
 志願者たちもようやく訪れた休憩の時間にホッとしたのか、見知らぬ志願者たちとも問題の感想を言い合いながら歩いていく。
 ちょうどフレイヤの少し前にレーンが歩いている。そこで、違和感を覚えた。
 一見しただけではその感覚を飲み込むことができず、余程自分に縁遠いものらしい。
「フレイヤさん、お疲れ様でした。試験の調子はいかがでしたか?」
「あ……ああ、いえ、何とも……」
 ベアトリスの声が横からして、そのまま彼女の気配がついてくる。
 しかしフレイヤはベアトリスの方を向くことができず、異様な『何か』を突き止めようと、レーンを見ていた。そして気付く。蛇のようなねぶる悪意、好奇心に取り囲まれている。
 フレイヤを追い越す志願者の男二人が、聞こえよがしに声を大きくした。
「あーあ、それにしても本当はハメられたのかもな、あの男」
「そうだよなぁ、だって俺たちだって動揺して調子狂わされたんだって、あの男を足蹴にしてアイツが騎士になるつもりだったんじゃないか?」
 レーンの足は止まらない。何も聞こえていないかのように豪華絢爛な廊下から食堂へ向かっているが、聞こえていないわけがない。フレイヤとレーンの中間地点に、男二人はいる。
「っあいつら……」
「フレイヤさん」
 一瞬にして目眩がするほどまでに怒りを覚えたが、耳元で囁かれる妖艶な声音が現実まで引き戻した。
「ベ、ベアトリス、さん……」
 あの男たちの言っていることは、筋が通っていない。
 ただただ自分の試験の調子が悪かったのを、あの騒動にかこつけて、よりにもよって被害者で、潔白を証明し、無実のはずのレーンに向けているのだ。周囲に聞こえるように、わかりやすく、彼を貶める方法で。
 城の騎士になろうとも人間が、どうしてそこまで低俗な思考を持ち合わせているのか甚だ疑問だった。
 周囲の志願者が、レーンと距離を取っている。
 何も悪くないのに。
「フレイヤさん、王城の昼食をいただけるなんてとても楽しみですね! 試験の最中、お腹が鳴ってしまわないか心配でしたわ……」
「あ、ああ、そうですね、王城の、昼食……」
 今からなら間に合う。怪我をさせない程度に二人の足を払って、訂正させる。試験が終わって安心しているから私にも背中を見せる。それから……
「わたくし、パンがどれだけふわふわなのか期待に期待を重ねていますの……ジャムもきっと洗練された味なのでしょう!」
「……ベアトリスさん、申し訳ありませんが、私、用事が……」
「もうつきますわよ、食堂」
 うっとりして喋っていたかと思えば、冷めた平坦な声で到着を告げられる。
 その振り幅に大きく調子を狂わされたかのように思いながら食堂のドアをくぐり抜け――絶句した。
 大きな長いテーブル、シミ一つないまっしろなテーブルクロスの上に、鳥の丸焼きから野菜の盛り合わせ、温かいスープ、果物の山、麺、米など、ありとあらゆる食事が端から端までしっかりと並んでいる。飲み物の水は常に氷が入り冷やされた状態で、試験に疲れた志願者たちの疲労を癒やしていた。
「さ、フレイヤさん、向こうの席に座りましょう」
 ベアトリスの柔らかで手入れもされている温かな手が、フレイヤの腕をつかむ。有無を言わさぬ力、というよりも自分が振り払えないくらいの力を持つというところに底知れなさを覚えつつも、目はまだレーンを探している。
 何も見ることなく、誰も座っていない奥のテーブルの端に陣取っていた。すぐに自分で水を注いで、目を閉じ、口に含んでいる。ただただ微量であるが、そのコップを持つ手は震えているのがしっかりと見える。
 見えるのは、フレイヤの進む方向が段々とレーンに近づき、ついには彼の真向かいへと到着したからだった。
「ベ、ベアトリス、さん……」
「さ、ここで食べましょう、フレイヤさん」
 フレイヤがレーンの真向かいに座り、その隣にベアトリスが座る。
 何食わぬ顔で食事を摂り始めるベアトリスに、しばしフレイヤもレーンも、彼女を不思議そうに見つめていた。
 だが、その意図がわからぬほどフレイヤは馬鹿ではない。
 目の前の皿に盛られていた肉とパンを手に取り、水を一杯分飲み干してから次もなみなみと注いだ。そして食べる。食べ続ける。
 平気なわけがないのだ。だから手も震えているし、まだ何も皿に盛っていない。見たところ、自分よりいくつか年下であることは明白だった。
 フレイヤは歯噛みをする。
 自らの正義に基づいて、国を、国王を守りたいと思っていることが当たり前ではないのを、神父からさんざん聞かされて育ってきた。富と名誉のため、それは否定しない。誰だって生活していくに困らないだけの金貨は欲しいし、地位が上がれば給料も上がる。欲しいものは尽きない。
 だけど、もしかしたらこうして遠巻きにレーンを見ているやつらが同僚になるかと思うと、虫唾が走る。
「フレイヤさん……?」
 右手に持つフォークを強く握りしめ過ぎていたらしい。ベアトリスの声で我に返り、手のひらを痛みから開放してやった。
「……いえ、何でもありません。大丈夫です」
 ただ目の前にある皿を睨みつける。そうしないと、今にも怒りで爆発しそうなことに間違いはなかった。
 すると唐突にその皿が、何者かの影に暗くなる。
「おうちっこいの、肉食え肉! 何にも取ってねぇだろうが、ほらこれとこれとこれとこれとこれと……」
「ちょっ、ちょっと! アンタ、余計なことしないでよ! 僕は今、お腹空いてないから! あとで食べるから!」
 宿で見た赤毛のたくましい体つきをした男が、来るなり取り皿に肉と肉と肉と肉と米をよそってレーンから大ひんしゅくをかっている。
 自らの皿にはレーンに盛ったものより三倍は高く料理が積まれていることから、一応手加減はしているのだろう。
「あとであとでって、お前そんな真っ青な顔してたら食わねぇで終わるじゃねえか。いいんだよ、余ったらオレが食ってやるから。食う努力をしろ」
 フレイヤとベアトリスは顔を見合わせ、そして同時に笑いを漏らす。何ともまあ、ぶっきらぼうな心配の仕方だ。
 レーンもわかっているからか困惑した表情で首を横に振るが、盛られる料理の高さはどんどんかさを増すばかりである。
「まっ……む、無理だって! そんなに食べられないから!」
「だーから、オレが食うって言ってるだろ。あーあ、頭筋肉のオレは今にも怒鳴りそうだ、いただきまーす」
「か、勝手な……余計な……!」
 レーンは立ち上がって唇を震わせるが、恐らく本当に赤毛の男には、食事しか見えていない。目もくれずに貪り食う彼を見て毒気を抜かれたのか、やがてレーンも椅子に座り、まずは野菜を食べ始めた。
「ときに赤毛の素敵な殿方、わたくしはベアトリス・レヴィと申します。あなたのお名前は?」
「あ? オリヴァー。オリヴァー・ロックウェルだ。隣のお嬢ちゃん、あんたは?」
「フレイヤ・エーベルハルトだ。よろしく頼む」
 一瞬、不自然な沈黙が生まれた。三人は三人、揃って少年の方を向く。
 しばらくぽかんと口を開けていた少年は――真っ赤な顔で、口を開いた。
「レーン・マクスウェル……っていうか、さっき聞こえてたでしょ!」
 勝手に馬鹿の仲間に入れないでよ、とぶつぶつ呟きながら、水を口に含む。手の震えが止まっているのが見えて、密かに安心して息をついた。どうしたって彼は年下の少年だ。もし自分があの年であんな言葉を吐かれていたら、自分を制御することができずに殴り飛ばしていたと思う。
 レーンの子供らしからぬ大人らしさには、感心しかない。
「全く……お節介、お人好し、馬鹿!」
 そう文句をつける彼の表情の口角は上がっている。表情と言葉が伴っていないところに可愛らしさを感じながら、フレイヤは肉にかぶりつくのだった。




第3話へ続く


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